20th
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ひょっとしたら、ご存じないかもしれないが、ギルトンとは大学の一部で、女子学生のカレッジだった。そして、今もそうである。 一九一九年現在、この陰気な塀のなかには、若い女性の一団が住んでいるのだが、見た目にも虫酸が走るような肉体、それに太い頸に長い鼻ときているのだか ら、のぞいて見る気にもならなかった。彼女たちはワニを思わせた。道ですれちがうときなど、背筋に悪寒が走った。めったに顔を洗わないし、眼鏡のレンズは 脂ぎった指紋で汚れている。たしかに頭がいい。大多数は才気煥発である。が、わたしに言わせれば、そんなものはささやかな代償にすぎない。
だが、待て。
ほんの一週間前、わたしは、こういった動物の標本のなかに、とてもギルトンの女子学生とは信じられないような、目もくらむばかりの美しき生き物を発見した のだ。立派に現存していたのだ。昼休みに、わたしはコーヒー・ショップで、彼女を見つけたのである。彼女はドーナツを食べていた。わたしは、彼女のテーブ ルに坐っていいかときいた。彼女はうなずいて、ドーナツを食べつづけている。わたしは椅子に座るなり、大口を開け、目を見開き、まるで彼女がクレオパトラ の生まれかわりであるかのように眺めていた。わたしの短い生涯で、これほど淫らな雰囲気をただよわせた若い女性、あるいは婦人にお目にかかったことはな かった。彼女はセックスの化身そのものだった。顔じゅう砂糖とドーナツだらけなのは、まったく問題ではない。
ーー『オズワルド叔父さん』ロアルド・ダール(早川書房/田村隆一・訳)
(via papertissue)
イギリスの作家サマセット・モームは、「画家ポール・ゴーギャンの伝記から暗示を受け」て書き上げた小説『月と6ペンス』を1919年(*大正8年)に発表しました。(中略)
株式仲売人としての安定した生活はおろか、妻子までも投げ出してしまって、エゴイスティックに芸術に殉じた一人の男の姿は、確かに我々の胸のうちに偏在するある渇望に答えてくれるものであるに違いありません。しかし、この一編を注意深く読んだ人なら、時には”通俗作家”とも呼ばれるこの小説の作者が、ストーリーの面白さのかたわら、人々に否応もなくおしせまって来る喜びや悲しみ、それに対して矛盾にみち、複雑くわまりない生き方を見せる一人の人間の性格や、永遠の謎としか言いようのない芸術家の魂についても忘れずに語っているのに気づくはずです。
ーー『ゴーギャン 異郷に結実した憧れの軌跡』(美術文庫27/TSURU SHOBO)
(via sabino)